![]() ![]() 新年初のお客様は香港からの25人。錦帯橋から岩国城、 そしてお昼の会席も一緒にという文字通りおいしいお仕事だった。 食事はお屠蘇から始まって、正月料理も。 お客様同士は広東語で会話し、何か質問があるときだけ英語になる。8人が一つのテーブルなのだけど、広東語がわからない私は蚊帳の外。みんなよくしゃべり、よく食べる。カタカナ語が入れば、ああ今はイラクの話だとわかるけれど、ほとんどは雑音でしかない。まるで香港にいるみたい、と思いながら黙々と食べる。いくらおいしい料理でも誰とも喋らず、ただ物を口に入れて咀嚼(そしゃく)するだけというのは何とも味気ないものである。 言葉が全くわからない国に行くと、こんなにつまらないものなのだ。日本に来ている英語圏以外の人たちは毎日こういうのを経験しているのだと思うと、同国人でコミュニティーを作るのもわかる気がする。 日本の高校に10ヶ月留学していた、英語が母国語でない生徒たちと話す機会があったが、彼らの日本語能力の高さには驚かされた。10ヶ月でものすごい進歩を遂げるものなんだ。もともと選ばれた優秀な人たちではあるが、若いとはこうも頭が柔軟なのかと感心してしまった。英語はネイティブなみに喋れるし、他のヨーロッパ言語も話せる。将来の目的もハッキリしていた。若いときの留学はいい。大学進学を目的としない語学留学には何の魅力も感じないが、高校生が現地の学校に入って鍛えられるのはいいことだ。かなりの根性が必要だろう。 みんながそれぞれの留学先の方言を喋っていたのには笑ってしまった。広島の子は「タイギー(だるい)」を連発。京都の子はもちろん関西弁だった。やっぱり母国語が喋りにくいそうな。 若いときの10ヶ月と40を過ぎてからの5年、いや私なんぞは10年ぐらいが匹敵すると思う。 だから、日本で暮らしている日本語が話せない若くない人には、それなりの対応をしなければならないだろう。簡単に「日本に適応するつもりなら、日本語習いなさいよ。」と言えないものがある。 私に広東語を今から覚えろと言われても・・・必要に迫られたらマスターできるのだろうか?いや、投げ出してグレそうな気がする。 |